飴玉の唄

その日の気分で、ころころ変わるブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨

響いた詩

「建前」

建前を壊したいが
建前は頑丈だ
体当たりするがびくともしない
本音をのぞきたくとも
窓ひとつない


建前よ
おまえは本音を狂わせる
高い塀で囲いこんで
守っているつもりの本音が
いつか暴動を起こしたらどうするんだ

だがよく見ると
建前にヒビが入っている
そこから本音が滲み出ている
決壊前のダムさながら


谷川俊太郎さんの詩

今日の夕刊で…


いい詩…

きりかぶ
スポンサーサイト
別窓 | 心動かされた言葉 | コメント:4 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

村上春樹さんについて・・追記

前記の村上春樹氏のニュース、昨日の夕方のニュースでも、1回しか見れなくて、
今朝も、テレビ見てても、全然このニュースやっていなくて、だんなに
「報道規制かかってんのかな?」ってぶつくさ言ってたら、フジテレビの
小倉さんの8時からの、とくダネ!では、トップで扱っていて、昨日より
詳細だったので、再感動した。
まだ詳細を知らない方へ・・・。

動画




「国際ニュース」より・・・・

作家の村上春樹さん(60)が15日、イスラエル最高の文学賞「エルサレム賞(Jerusalem Prize)」の授賞式で記念講演し、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)への攻撃を批判し、「欠席して何も言わないよりも、ここへ来て話すことを選んだ」と述べた。

 現地英字紙エルサレム・ポスト(Jerusalem Post)によると、スピーチに立った村上さんは、ガザ地区に対する攻撃を理由に、日本国内で受賞や式への出席辞退を求める声があったことを紹介。「イスラエルを訪れることが適当なことかどうか、一方を支持することにならないかと悩んだ」と明かした。そして考えた結果「作家は自分の目で見ていないこと、自分の手で触れていないものは信じることができない。だからわたしは自分で見ることを選んだ。何も言わないよりも、ここへ来て話すことを選んだ」と述べた。

 また人間を壊れやすい卵、制度を壁にたとえ「固い、高い壁があり、それに1個の卵がぶつかって壊れるとき、どんなに壁が正しくても、どんなに卵が間違っていても、わたしは卵の側に立つ。なぜならば、わたしたち1人1人は1個の卵であり、ひとつしか存在しない、壊れやすい殻に入った精神だからだ。わたしたちが立ち向かっているのは高い壁であり、その壁とは制度だ」と語った。

  授賞式は15日夜、エルサレム(Jerusalem)で開幕した国際ブックフェアのオープニングで行われ、ノーベル平和賞受賞者のシモン・ペレス(Shimon Peres)大統領から村上さんに贈られた。「社会における個人の自由」に貢献した文学者に贈られる賞で、賞金額は1万ドル(約90万円)。


とのことだ・・・・。

とくダネでは、だから、壁とは、イスラエルだけのことではなく、
いろんなものに例えられると言っていた。

私も教会とゆう組織(壁)にぶつかって割れた卵だから、
共感してしまったんだと思う。
一人ひとりは卵なんだ。。。みんな壊れやすい。
でも、集団(組織)になると、変貌してしまう。なんでだろ・・。

だから、私は組織が苦手なのかな・・。
怖い・・。集団が。。

別に国のように大きな組織じゃなくても、小さなグループでも
そうゆうことってあると思う。やっぱり似た主義主張のものが
集まってしまうし。そこで、お互いを認め合い、許しあえれば
いいけど、人は、裁きあったり、警戒しあったりしてしまう・・・。
そうなると、壁(集団)が卵(個人)を攻撃してしまうとゆう悲しいこと
がおきてしまう。

村上さんのスピーチは、別に政治の世界のことだけを言ってない。

わたしたち、一人ひとりの普通の日常にひそむことを訴えていると思った。

自分自身も壁にならないように、気をつけないと・・。
そして、卵である自分や、他者を大事にしないといけないよなあって
改めて、考えさせられた。

ありがとう。。村上春樹さん。
無事に日本に帰ってきてください。。。
たぶんいろいろ、大変だろうなあぁ~・・・・。応援したい。
別窓 | 心動かされた言葉 | コメント:2 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

マザーテレサのことば

寂しさを抱えた人へ    周りにいる寂しい人に気付いてない人へ

マザーテレサからのメッセージ

「貧しさにはいろいろあります。
 経済的にはうまくいっているように思われる国さえも、
 奥深いところに隠された 貧しさがあるのです。
 それは見捨てられた人々や 苦しんでいる人々が
 抱えている 極めて 強烈な淋しさです。」


「私が思うのに、この世で一番大きな苦しみは
 一人ぼっちで、誰からも必要とされず、
 愛されていない人々の苦しみです。
 また、温かい真の人間同士のつながりとはどういうものかも
 忘れてしまい、家族や友人を持たないが故に
 愛されることの意味さえ忘れてしまった人の苦しみであって、
 これはこの世で 最大の苦しみと言えるでしょう。」

マザーは物質的に貧しいインドでの活動の中で
「貧しい人の心の豊かさ」に気付かされ、その人たちから
たくさんのことを学んだと言っています。
そして、先進国の中にある、「心の貧しさ(淋しさ)」にも
気付いていて、そうゆう国に対しても、たくさん
メッセージを残してます。

今の日本人の多くが、このメッセージのような「淋しさ」ゆえの
苦しみを感じているように思うのは、私だけでしょうか?・・・・・・


つながっていきたいですね・・・・・

別窓 | 心動かされた言葉 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

絶望してるあなたとわたしへ…

現在に 夢や希望がなくても
強い眼差しが を照らし出す
何処かに独り 消えそうな夜でも
射す朝までは

アジカンの『惑星』
アルバム「ワールドワールドワールド」より

今日ココロに

響いたコトバ
別窓 | 心動かされた言葉 | コメント:6 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

続続・目にみえないけれど・・・

目に見えないけれど大切なもの―あなたの心に安らぎと強さを (PHP文庫)より


 「自分でさえ、汚い、みにくいと嫌い、隠していた傷口を「見せてごらん」と自分の
  手にとり、薬を塗り、うみを取り、包帯を巻いてくれる人(藤くんみたいだ・・私の感想)
  を 自分の身近に持つ人は幸せである。
  こうして初めて、私たちは、自分のみにくさを見つめる勇気を得ることができる。
  愛してくれる人とはそういう人である。
  ほれぼれとする姿だけでなく、どんな姿においても、そのみじめさ、みにくさをも、
  ともに見つめてくれる人である。(embraceの歌詞だ・・・私の感想)

   その時はじめて私たちは、自分がそれほどダメでないこと、卑下しないでよいことに
  気づくのである。愛されて、私たちは、愛すべき人に変身してゆく。そしてやがて、愛されるに
  値するものへと成長してゆくのだ。それは見せかけの成長ではなく、
  ありのままの自分をあたたかく見つめ、そこから出発する着実な成長である。
 
中略 

   人間の可能性は、他と比較できない独自の価値において愛されることによって引き出される。
  善き牧者が、自分の羊を「おのおのの名を呼んで引き出す」時、
  そのまなざしは、一匹ずつへの愛に溢れていたに違いない。

  名前で呼ぶということは、番号で呼ばないということである。それは他の誰でもない
  その人を「その人」と認めることであると同時に、

 「あなたは、他の誰にもならなくていいのですよ。あなたにしか送れないあなたの人生に、
  自分にしかつけられない足跡(あしあと)をつけてお生きなさい」

  ということでもある。 


つづく・・・・
別窓 | 心動かされた言葉 | コメント:2 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

病者の祈り

もしかして有名な詩なのかな?

初めての出会いは、病院のホスピスでボランティアをしていたとき。
ボラ仲間の方が、家族室に飾ってたこの詩を、教えてくれて
その時は「ここで亡くなられたお若い女性が書いたもの。素晴らしいでしょ」(たぶん写し書きだったのだろう)と聞いていた。
初めて読んだときは、私は健康で正直この詩が響いてこなかった。

2回目の出会いは、パニック障害が悪化して実家近くに引越ししてきた後、
ボランティア先で知り合ったクリスチャンの方からこの詩を頂いた。
「あ、これ、知ってる・・・。」
その時は、少しこの詩がわかるようになっていた。

3回目。知り合いの方がソウウツ病で入院した時、病院でこの詩と出会って
ひどく心打たれたと聞いた。
その方は物書きの方で、ちょっと有名な人なんだけど
キリスト教とか神様とは無縁のような人だったんで、ちょっと驚いた。

これも実はうちのトイレに張ってある・・・。
弱ったときの慰めになる。


上が直訳バージョンで
下が一般的に知られている日本語訳バージョン。




苦難にある者たちの告白 (病者の祈り)

私は神に求めた、成功をつかむために強さを。
  私は弱くされた、謙虚に従うことを学ぶために。

私は求めた、偉大なことができるように健康を。
  私は病気を与えられた、よりよきことをするために。

私は求めた、幸福になるために富を。
  私は貧困を与えられた、知恵を得るために。

私は求めた、世の賞賛を得るために力を。
  私は無力を与えられた、神が必要であることを知るために。

私は求めた、人生を楽しむために全てのものを。
  私は命を与えられた、全てのものに楽しむために。

求めたものはひとつも得られなかったが、願いはすべてかなえられた。

神に背く私であるのに、言い表せない祈りが答えられた。

私はだれよりも最も豊かに祝福されている。


作者不明(春原 試・私訳)


解 説

この詩は、ニューヨークにある物理療法リハビリテーション研究所(Institute of Rehabilitation Medicine, 400 East 34th Street NYC, NY)の受付の壁に掲げられている。この詩は「病者の祈り」のタイトルでよく知られている。


↓一般バージョン

ニューヨーク大学リハビリテーション研究所の壁の祈りの詩
「病者の祈り」




大事をなそうとしてを与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと、弱さを授かった

より偉大なことができるように健康を求めたのに
より良きことができるようにと、病弱を与えられた

幸せになろうとしてを求めたのに
賢明であるようにと、貧困を授かった
      
世の人々の賞賛を得ようとして権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと、弱さを授かった

人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと、を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞きとどけられた

神の意にそわぬ者であるにかかわらず
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた

私はあらゆる人の中でも、最も豊かに祝福されたのだ



本当に苦しみの中にいる人、どん底の苦しみを
体験した人に・・・

聴こえる詩だと思う・・・。



別窓 | 心動かされた言葉 | コメント:2 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

日陰に咲く花

たとえば

日カゲで揺れる

その花を

何故か

愛しくおもい

どうにかして

ひなたにと

悩めたら

少し

強くなれる

『リトルブレイバー』BUMP OF CHICKEN

こんな気持ちを
忘れたくないな

hikage fc2
別窓 | 心動かされた言葉 | コメント:5 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

傷ついた心

最近読んだ本

「目に見えないけれど大切なもの」渡辺和子著 PHP研究所

すごく良かった。著者は修道女=シスター。
でも、思ったより堅苦しくなくて、読みやすかった。

たくさんいいこと書いてあった。

一部紹介。

「シスターでも、生身の人間である限り、傷つかないで生きていられるものではない。
先日も、挨拶をした二人のうち、一人が何も言ってくれなかった。
こんなことで傷ついてどうすると、よくわかっていながら、そんなことで心の中が
波立つ自分を 持て余したのだった。
 
傷つきたいなどと夢にも思わない。
でも、私は、傷つきやすい自分を大切にして生きている。
何を言われても、されても傷つかない自分になったら、
もう人間として おしまいのような気がしているからだ。
大切なのは、傷つかないことではなくて、傷ついた自分をいかに癒し、
その傷から何を学ぶかではないだろうか


中略

このような心のゆとりをつくることを、私は若いときに一人の人から
教えられた。
その人は、傷だらけの自分に愛想をつかしていた私
優しく受け入れ、『傷口』に包帯を巻いてくれた。
さらに、傷つくことを恐れなくてもいいこと、一生の間には何度も挫折を味わうだろうが、
そのたびに立ち上がること、そして人間には、
自己治癒力が与えられていることも
教えてくれたのだった。」

この後にもたくさん、琴線にふれる文章が続いてます。

私も傷つきやすい性質で、年中苦しんでる・・。
もうやだよ・・って傷つきやすい自分がいやになること、しょっちゅうだ。

でも、私にとっては包帯巻いてくれたのは、イエスさまだった。

傷つきやすいあなたへ・・・

あなたにも、包帯巻いてくれる人があらわれますように・・。


今日のバンプは
やっぱり   アルエ?(逆だけど・・・包帯ほどいてくれるから)
別窓 | 心動かされた言葉 | コメント:11 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
| 飴玉の唄 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。